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仙台地方裁判所 昭和39年(モ)143号 決定 1964年6月03日

原告 月山明海こと成載門

被告 坂本孝市こと盧竜根

主文

本件を札幌地方裁判所に移送する。

理由

一、双方の申立

被告は、「本件を札幌地方裁判所に移送する。」との裁判を求め原告は、「被告の申立を却下する。」との裁判を求めた。

二、被告の移送申立の理由および原告の抗弁に対する主張

原告は、本件と同一訴訟を被告の普通裁判籍による管轄裁判所である札幌地方裁判所に昭和三七年一二月四日提起し、同庁昭和三七年(ワ)第九一一号譲受債権請求事件として係属していたが、形勢不利とみるや昭和三八年二月一四日これを取下げ、あたかも紛争を止めたかの如く装つて被告にその同意を求めたので、被告はこれを信じて同意したところ、原告は本訴を提起するに至つたものである。

原告主張の債権の義務履行地による管轄裁判所は、原告が譲受けるまでは被告の普通裁判籍による管轄裁判所と同じ礼幌地方裁判所にあり、事件の発生および証人らはすべて札幌地方裁判所管内にあるから、仙台地方裁判所で審理裁判されることは、訴訟経済上は勿論被告の防禦のためにも著しく被告に不利益である。のみならず、原告は詐欺被告事件で懲役三年の云渡を受け、現在仙台高等裁判所に控訴中のものであり、なお訴訟救助を受けている身であるから、被告がたとえ勝訴しても、訴訟費用を回収する見込はなく、被告の本訴により受ける損害は甚大である。よつて民訴三一条により、本訴を被告の普通裁判籍による管轄裁判所である札幌地方裁判所に移送を求める。

原告は、被告代理人の本訴受任が弁護士法違反であるから、移送申立も無効であると主張し、被告代理人が札幌地方裁判所の裁判所書記官として原告主張の確定判決に執行文の付与をしたことは認めるけれども本訴の対象は、原告の主張する執行文付与後に訴外我妻倉雄と被告間に締結された約定に基く請求に係るものであるから、右執行文付与と本訴とは関係がなく、したがつて原告の本案前の抗弁はあたらない。

三、原告の主張

被告代理人は、弁護士となる前は札幌地方裁判所に裁判所書記官として勤務する公務員で、原告の本訴で主張する訴外我妻倉雄と被告間の札幌地方裁判所昭和二七年(ワ)第三五六号貸金請求事件の確定判決につき同訴外人のため執行文を付与しているから、本訴の受任は弁護士法第二五条第四号に違反するものであるから、被告代理人によつて申立てられた本件移送の申立は不適法である。

原告は、盛岡地方裁判所で懲役三年の判決を受け、仙台高等裁判所に控訴し審理中であるが、現在宮城刑務所に拘禁中の身であり、もし札幌地方裁判所に本訴が移送されると、審理に出頭できないため攻撃防禦をつくすことができないのみならず訴訟の遅滞を来し、原告の損害は甚大である。これに反し、被告は訴訟代理人を依頼する資力があるから、仙台市に事務所を有する弁護士に本訴を委任すれば、本訴の移送を受けなくても損害を生ずることはない。またかりに本訴について原告が敗訴判決を受けても、原告は我妻倉雄と被告間の札幌地方裁判所昭和二七年(ワ)第三五六号貸金請求事件判決の特定承継による執行力ある正本を所持しているから、訴訟費用のため被告が損害を受けることはないから被告の移送申立は理由がない。

四、判断

(一)  原告の本訴の請求の趣旨は「被告は、原告に対し、金二三五万円および一〇八万五、一〇〇円に対する昭和二九年九月一日から昭和三七年一〇月一日まで、二〇〇万円に対する昭和二九年九月一日から完済まで、金八一万円に対する昭和三七年一一月二六日から完済まで各年三割の金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」というのであり、請求原因は「訴外我妻倉雄は、被告に対し、札幌地方裁判所昭和二七年(ワ)第三五六号貸金請求事件の確定判決に基く貸金二七万三、五〇〇円および商品、工事代金の立替金四六万一、六〇〇円合計七三万五、一〇〇円の債権を有していたところ、(イ)昭和二八年一月二二日被告は訴外人に対し右七三万五、一〇〇円につき昭和二七年七月一五日から完済まで月一割の損害金を支払うことを約した。さらに(ロ)昭和二九年八月一〇日右当事者間に被告は同訴外人に同日までの右約定による損害金一五〇万円余のうち金三五万円を目的とし(その余は免除)、利息を月一割、弁済期を同年一二月末日とする準消費貸借が成立した。(ハ)同訴外人は被告と共同で昭和二七年三月から同年七月まで北海道千歳市で共同でキヤバレーを経営したが、その間被告は同訴外人所有の家屋を他に売却処分するなどして同訴外人に八〇〇万円相当の損害を与えた。昭和二九年八月一〇日右当事者間に、被告は同訴外人に対し、右損害金のうち金二〇〇万円とこれに対する同日以降完済まで月一割の損害金を支払う契約が成立した。以上の契約はいずれも同訴外人と被告本人の交渉により成立したものである。原告は昭和三七年九月一日同訴外人から、被告に対する前記確定判決に基く債権および(イ)、(ロ)、(ハ)の各債権の譲渡を受け、同訴外人は被告に対し昭和三七年一一月二九日到達の書面で右譲渡の通知をした。よつて被告に対し、(ロ)の金三五万円、(イ)および(ロ)の合計一〇八万五、一〇〇円に対する昭和二九年九月一日から昭和三七年一〇月一日まで年三割の利息および損害金、(イ)の確定債権七三万五、一〇〇円のうち商品、工事代金債権四六万一、六〇〇円のうち金四六万円および(ロ)の三五万円合計八一万円に対する昭和三七年一一月二六日以降完済まで年三割の損害金、(ハ)の金二〇〇万円とこれに対する昭和二九年九月一日から完済まで年三割の損害金の支払いを求める。」というのである。

(二)  被告の本訴の申立および答弁

被告は請求棄却の判決を求め答弁は「原告の主張事実中訴外我妻倉雄と被告間に原告主張の確定判決が存し、原告が同訴外人から右確定判決に基く債権の譲渡を受けたことは認めるけれども、その余の事実は総て否認する。右確定判決については、被告は原告に対し札幌地方裁判所に請求異議の訴を提起し、同庁昭和三八年(ワ)第一六八号事件として係属中である。」というにある。

(三)  本訴の証拠

原告は、甲第一号証、第二号証の一ないし三、第三ないし第七号証を提出し、証人我妻倉雄、我妻定子、吉田長次郎、中川修蔵、朴本市郎、鄭奉秀、花川大兄、吉田憲雄、金子澄雄、金文珠および原被告双方本人の尋問を申出た。

被告は、証人永田繁雄、神田勇、金子信雄、安城信次郎、夏川定雄、坂本武男および被告本人の尋問を申出た。

以上は本件訴訟記録上明らかである。

(四)  被告の訴訟代理人が、札幌地方裁判所の裁判所書記官として在職中訴外我妻倉雄と被告間の札幌地方裁判所昭和二七年(ワ)第三五六号貸金請求事件の確定判決につき執行文を付与したことは当事者間に争いのないところであるが、原告の本訴請求は(一)記載のとおり、右確定判決に基く債権の履行遅滞による損害賠償請求権につき同訴外人と被告間に成立した契約に基く金員および右確定判決の債権とは関係のない損害賠償請求権に基く金員の支払いを求めるものであるから、本訴は右確定判決の事件とは原因を異にするものであることは明らかである。したがつて被告訴訟代理人の本訴受任は弁護士法第二五条第四号に触れるものではないから、原告の本案前の抗弁は理由がない。

(五)  被告の証拠申出書によると、被告申請の証人、被告本人の住所はいずれも札幌地方裁判所の管轄区域内にあることと、訴外我妻倉雄の住所は原告の証拠申出書によると美唄市にあつて原告が本訴債権を譲受けるまではその義務履行地は同市にあつて、義務履行地による裁判籍は札幌地方裁判所の管轄にあつたことを合せ考えると、本訴を被告の普通裁判籍による管轄裁判所である札幌地方裁判所に移送せず当庁で審理裁判するときは、被告は著しい損害を受けるものと認められる。他方原告は宮城刑務所に在監中であるから、本訴を札幌地方裁判所に移送すると損害を生ずることは明らかであるが原告申請の証人はその申請書によると、本訴に最も関係の深い我妻倉雄と同人の妻我妻定子の住所は美唄市にあり、その他の証人は金文珠が宮城刑務所に在監中のほかは、宮城、岩手、青森各県下に散在していること、原告は宮城刑務所に在監中であるが、その刑は原告の認めるとおり未確定であるから、確定すればいずれの地の刑務所で服役するか未確定の状態にあること、原告は在監中であるから移送によつて原告自ら出頭して審理裁判を受けることはできないかもしれないけれども、これは原告が刑事被告人として在監中本訴を提起したことによるものであつて、出頭できなくても攻撃防禦の方法を尽し得ないわけではないことなど合せ考えると、本訴を札幌地方裁判所に移送することによつて生ずる原告の損害は被告に生ずる前示損害に比し少いものと認められる。そしてこのような場合、普通裁判籍が被告に対し十分防禦方法を尽させるため設けられた法意から民事訴訟法第三一条にいう著しい損害を避けるため必要な場合にあたるものというべきである。

そうすると、民事訴訟法第三一条により本訴を被告の普通裁判籍を管轄する札幌地方裁判所に移送することを申立てる被告の申立は理由があるから、主文のとおり決定する。

(裁判官 石井義彦)

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